東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)47号 判決 1978年9月07日
原告 木下清
被告 東京法務局登記官
訴訟代理人 菊地健治 宮門繁之 ほか二名
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和五二年三月一七日付でした同月七日受付第四七一五号所有権移転登記申請を却下する旨の決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二請求の原因
一1 亡木下芳雄(以下「亡芳雄」という。)は、昭和五一年五月一三日次の内容を含む秘密証書による遺言をし(以下右遺言書を「本件遺言書」といい、次の(一)の遺言を「本件遺言」という。)、同年一二月二一日死亡した。
(一) 辻トシに遺贈する不動産及び蓮光寺に遺贈する金三〇〇万円を除いて亡芳雄所有の不動産(別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)がこれに当たる。)、有体動産、有価証券、債権等すべて河鰭誠貴(以下「河鰭」という。)にその処分を委ねる。
(二) 本件遺言書の遺言執行者として河鰭を指定する。
2 河鰭は、昭和五二年二月一日本件遺言に基づき亡芳雄の遺産をすべて原告に遺贈する旨意思表示し、また同日ころ遺言執行者に就職することを承諾した。
3 原告及び河鰭は、昭和五二年三月七日東京法務局に対し、本件不動産につき登記権利者原告、登記義務者亡芳雄遺言執行者河鰭とし河鰭の代理権限を証する書面として本件遺言書を添附して、遺贈を登記原因とする所有権移転登記申請(同日受付第四七一五号)(以下「本件申請」という。)をした。
4 被告は、昭和五二年三月一七日付で本件申請を申請書に必要な書面(代理権限証書)の添附がないとの理由により不動産登記法第四九条第八号の規定により却下する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。
二 しかしながら、本件申請は河鰭の代理権限を証する書面に相当する本件遺言書を添附してされたのであるから、不動産登記法第四九条第八号の規定に該当せず、本件決定は違法である。よつて、原告は本件決定の取消しを求める。
第三請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 請求の原因に対する認否
1 請求の原因一の1、3及び4の事実は認める。同2の事実は知らない。
2 請求の原因二の主張は争う。
二 被告の主張
遺言は遺言者の独立直接の意思表示であるべきであり、遺言の代理は許されず、遺言書の表示自体に受遺者の選定及びこれに対する遺贈額の割当等その遺贈の内容が具体的に確定していなければならないから、受遺者の選定及びこれに対する遺贈額の割当を第三者に委託する旨の遺言は無効である。本件遺言については、仮に受託者(遺言執行者)が受遺者の選定及び遺贈額の割当を行つたとしても、これが遺言者の真意に合致するか否か必ずしも明瞭でなく、もはや遺言者の意思とはいえないものであり、このような場合においても、なお遺言者の最終意思の尊重に名をかり重要な利害関係のある相続人に不利益を甘受させることは相当でない。なお、本件遺言は受遺者の範囲すら限定されていない(抽象的な選定基準の明示もない。)ものであるから、遺言の代理禁止の例外あるいは緩和の事案にも当たらないものである。
また、遺言執行者の制度は遺言者の意思により決定された遺言の内容の実現を図るために設けられたものであつて、その職務権限は遺贈に関する事務的な処理をするに過ぎないものであるから、負担附遺贈の受遺者の立場と本件遺言の受託者(遺言執行者)の立場とを同一視することはできないものである。
したがつて、本件遺言は無効であり、本件遺言書は遺言執行者の代理権限証書たり得ないものであるから、本件申請は申請書に必要な書面を添附せざるときに該当する。よつて、本件決定に違法はない。
第四被告の主張に対する原告の反論
本件遺言は、辻トシに対する不動産の特定遺贈及び蓮光寺に対する金三〇〇万円の特定遺贈の各遺言をうけて、その余の全遺産の遺贈の方法、受遺者の選定及びこれが複数のときはその遺贈額の決定を第三者たる河鰭に委託したものと解される。
被告は、本件遺言は実質上遺言代理禁止の原則に反するもので無効であると主張するが、遺言自由の原則により本件遺言は有効と解されるべきである。すなわち、
1 法律行為はできるだけ有効となるように解釈すべきであり、このことは、遺言の場合死者の最終意思を実現させるべく一層強く要請されるものである。本件の場合、遺言者たる亡芳雄は本件遺言によつて自己の信頼する者に遺産の処分を任せているのであるから、右遺言を無効とするときは、法定相続ないし、右遺言前にされたこれと抵触し本来右遺言により取り消されたものとみなさるべき以前の遺言を復活せしめ有効とせしめるなど、遺言者の意思と余りにも乖離する不都合な結果となるのは極めて不合理な解釈というべきであり正しくない。
2 遺言代理禁止の原則は、代理人によつて遺言書を作成することができないという遺言方式の規定から推論しうるにとどまるのであつて、本件の如く全文を遺言者自身が自書した事案について右原則を適用することはできないはずである。右原則は、遺言書の作成自体に関するほか、実質的な意味及び適用を本件の如き第三者への処分委託まで拡大すべき合理的根拠は見出せないのである。受託者が本件遺言に基づきどのような決定をしようと、それは少なくとも形式的には遺言者の意思であると解する方が、右遺言を直ちに無効とするよりは実際的には妥当であり、遺言代理禁止の原則はこれをまで否定しうる合理的根拠をもたないのである。
3 受遺者が遺贈の目的物の一部又は全部を受遺者の選定する他人に分与すべき負担を負わせる負担附遣贈は有効と解されるところ、右負担附遺贈と本件の如き第三者委託による遺贈とは、実質的には同趣旨に帰することの権衡からしても、前記立論が首肯さるべきである。
4 本件遺言は単に第三者に遺産の処分を委ねるとしているが、本件においては、実際には遺言者が生前に前記特定遺贈の対象とされた財産を除く全遺産の受遺者を遺言者が主宰していた株式会社木下七左衛門商店の後継者に予定されていた原告と決定していた。しかし、これを遺言書に明記し万一原告が遺言者より先に死亡したときは右会社の次の後継者に受遺者を変更しなければならないが、遺言者は本件遺言書作成当時病身衰弱のため再度公証人役場へ赴くことは不可能と思料されていたので、右のように受遺者を変更する必要のあるときはその者を受託者に口頭で指示し、その者に遺贈し得るように考えて、あえて遺言書に受遺者を明記しなかつたものである。そして、受託者たる河鰭は、かねてから遺言者と懇意な知人関係にあり、遺言者より原告を受遺者とすべきことを口頭で指示され、その旨承諾していたものである。このような場合、受託者は、遺言者の真意の死後における外部に対する表示機関に過ぎず、決定者ではないから、受遺者の選定及び遺贈額の割当等本件遺言による遺贈の内容を確定する術がないということはできない。
第五証拠関係 <省略>
理由
一 請求の原因一の1、3及び4の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件決定に原告主張の違法が存するか否かについて判断する。
本件遺言書が本件申請についての遺言執行者たる河鰭の代理権限を証する書面であるというためには、本件遺言書によりされた本件遺言が有効なものでなければならないので、この点について判断する。
遺言は法律の認めた一定の事項に限りすることのできる行為であり、遺言によつてなしうる財産処分としては遺贈(民法第九六四条)、寄附行為(同法第四一条第二項)及び信託の設定(信託法第二条)が認められているところ、本件遺言は特定の財産を除くその余の全遺産の処分を第三者に委ねることを内容とするものであり、右の遺言によつてなしうる財産処分のいずれにも該当しないものといわざるをえない。
原告は、本件遺言は他の遺言により特定遺贈の対象とされた財産を除くその余の全遺産を遺贈するにつき、その内容の決定を第三者たる河鰭に委託したものであると主張する。しかしながら、本件遺言をもつて右主張のように解しうるとしても、現行法上遺贈の内容の決定を第三者に委託する旨の遺言を認める規定は存しないし(相続分の指定(民法第九〇二条第一項)、遺産分割方法の指定(同法第九〇八条)及び遺言執行者の指定(同法第一〇〇六条第一項)については、二、の指定の第三者への委託が認められている。)、受遺者の如き遺贈の内容の本質的な部分についてその決定を第三者に一任するような内容の遺言の遺言は代理を禁止する民法の趣旨に反するものであり、許されないものといわなければならない(なお、原告は、負担附遺贈と第三者委託による遺贈とは実質的に同趣旨に帰することの権衡からしても本件遺言に基づく遺贈を有効と解すべきであると主張するが、負担附遺贈の内容は遺言者自身により決定されるものであり、これと遺贈の内容の決定を第三者に委託する旨の遺言とを同一に論ずることはできないから、右主張は失当である。)。
したがつて、本件遺言は、法律の認めた事項に当たらない事項を内容とする遺言であり、無効である。
そうすると、本件遺言書は、本件申請についての遺言執行者たる河鰭の代理権限を証する書面ということはできないから、本件申請を不動産登記法第四九条第八号の規定により却下した本件決定に違法はない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 菅原晴郎 成瀬正巳)
物件目録<省略>